いそうろう

 

昨日、3月2日から始まる
フラクタル心理カウンセラー養成講座の
無料説明会を開催しました。

 
そこに参加した方がこんなことを
おっしゃってました。

 
「何人かの知人に、フラクタル心理学を
紹介しました。

 

 

素直にフラクタル心理学をはじめ、
すごくよくなっていく知人もいるけれど、

始めない人が多いのです。

 

 

行かないのです。

 

 

自分の状態を分かっていない人が
多いのです。

 

 

私の周りにいる人は自分の表れなので
この人たちを変えたいのです。

 

 

フラクタル心理学をやったら、
もっと、ずっとよくなるのがわかるので、

何とかしたかったのに・・・。

 

 

そこで、
紹介しても動かない知人を、直接、自分が
カウンセリングをして、その知人たちを
変えたいんです」

 
ということでした。

 
カウンセラーとして、職業として
働くことは、もちろんOKですが、

 

 

この方のように、周りにいる人を変えたい
そのためのカウンセリング法をきちんと
学ぶのも、いいですね。

 
あなたは、いかがですか?

 

 
さて、今日の本題です。

 

 

フラクタル心理学では、
「愛とは相手の成長を促すこと」
とお伝えしています。

 
これを聞いて、そうだよね、
当たり前だよね、と思ったあなたは

周りの人が色々と言ってきても
気持ちが揺れ動いたりしないでしょう。

 
周りがそう言うのだから、
自分のいる位置は正しいのか、
方向は間違っていないか、と
改めて見直すだけですね。

 
でも、
愛とはかまってもらうこと
話を聞いてもらうことなどに
なっていると

 

 

ただただ自分の話を聞いてほしい、
うなづいてなぐさめてほしい、
自分は正しいのだといってほしい、

それがないと愛ではないと、
勘違いします。

 
なので、
あなたに対して言われたことが
正しいアドバイスであっても、

 

 

受け取れずに
理不尽だ、バッサリ切られた。
冷たくされた。

 
などと感じたりします。

 
また
自分の行動にも影響します。

 
例えば、

息子が就職する、
で、家から仕事場に通うことになった、
だから家賃を入れてもらう。

 
これ、当たり前ですね。

 
でも、それが、
かわいそうな気がして言えない。

 
何故、それがかわいそうなのか。

 
それを息子に言ったら、
ひどい親だと思われないか、
嫌われるのではないか、
なんだか搾取するようだ、
自分が子どもに甘えているのではないか。

 
こんな感じです。
こういう時は、必ず自分の
被害者意識が働いているときです。

 
自分の意識を
息子に投影しているだけです。

 
なぜ、こんなふうに思うのでしょうか。

 
それは、あなたが子どものときに
親に対して

 
もっと話を聞いてほしい、
もっと世話してしてくれるべき、
もっと私だけをかまってくれるべき、
と思っていたので、

 
今度は子どもが自分に対して
同じように思っていると思うのです。

 
あなた→親

子ども→あなた

この関係が相似形です。

 
自分が思っていたように
子どもがあなたに対して思うと
思っているので、

 

 

そのかまってほしいという子どもの気持ちに
応えなくてはいけないという

強迫観念が働いているのです。

 
だから、家賃をとるという
当たり前のことにも
抵抗があるのです。

 
親にとっては子どもはもちろん
いつまでたっても子どもです。

 

 

幸せになってほしくない親は
いませんね。

 
子どもが自立するために
一人暮らしをするのはいい事です。

 
でも一人暮らしをしないのだから
家賃を入れてもらうのは
ちっともかわいそうではないのです。

 
ライオンのように
崖から突き落とすわけでもなく
家賃をいれて、というだけ。

 
心を鬼にして、
などと言いますが、
心を鬼になんてしなくても、
大丈夫。

 
正しい愛の認識があれば
お互いわだかまることなんてないですね。

 
今日はここまで

 

 

 

 

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